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2019-08-10

自己紹介。

ブログの方は大変ご無沙汰しております。
今日は自己紹介をしようと思い筆を手に取っております。
是非ご覧ください。

いやほぼ指でした。
てか指のみです。

バスケが嫌いになり大学を辞めました。
中学の同級生が働いている防水屋さんで現場仕事を始めました。
親方は the マリオみたいな人でした。
片っ端から建設現場の養生テープを貼りまくってました。
同級生のおかげで楽しかった思い出もあります。
でもやはり自分にはバスケしかできないんだな…
と思い知らされる部分の方が多かった気がします。
1年間バスケから離れた後、親方、同級生、両親に謝りプロを目指す事にしました。

トラックの運転手をしながら地元のクラブチームに所属し週7でバスケしてました。
そんな時LEGENDという3on3のストリートボールリーグから声をかけて頂き、セミプロのような形でLEGENDの一員になりました。

トラックの運転手をしながらクラブチームでは5on5をしLEGENDでは3on3をしていました。

ある程度周りの人達からも観られる立場となった自分は目指していたはずの5on5のプロ選手になる事を避け、今の現状に満足してこのままでいいやと思うようになっていました。

そこにはプロチームに入団する為のトライアウトに落ちて恥ずかしい思いをするのが嫌だったからという理由がありました。

そんな自分に声をかけてくれたのが勉族のぬまさんです。

「お前はこんな所にいないで5on5のプロになれ。
落ちるのが恥ずかしいなら俺が一緒に受けてやる。
もし落ちたら嫁と一緒に全チームの各地方でやるチームトライアウトに受けに行ってやる。」

と言ってくれ、本当に一緒に受けてくれました。
その合同トライアウトに受かり、遅咲きながら25歳で5on5のプロになりました。

防水屋を辞め、父にプロを目指すと話した時に
「25歳までにプロになれなかったら諦めて定職に就け」
と言われていました。

そんなタイムリミットもギリギリの所でした。

もしかしたら大学を辞めずにバスケを続けていたら、もっと早くプロになって近道はできていたのかもしれない。
でもこの遠回りをした間に出会った人達が、何の夢や目標や考えも無しに行動していた自分を成長させてくれ、引き上げてくれました。

お金がないから一緒に住まわせてくれていた先輩は今でもバスケ頑張ってます。
ぬまさんも40歳にして3×3のプロ選手に。

“自分が将来何になりたいのかもわからず、ただただその日を過ごし続けていた昔の俺に告ぐ”

全く気付いていないと思うが、お前を人として成長させてくれているのは、その周りにいる人達だ。
勉強も何もせず身の丈に合わない高校へスポーツ推薦で入り、3年間全く何の勉強をしているかもわからないまま時は過ぎたけど、そこに一緒にいる仲間達の期待が今の自分を支えている。
地元から離れプロの世界で何度も何度も叩きのめされて折れそうになったけど、そこで笑ってる人達が常に期待してくれている。
お前の未来は明るい。

5人制ではキャプテンを3季させて頂きました。
こんなわけわからない道を歩んできた自分でも、プロ球団のキャプテンを任される程に成長できました。

3人制に転向してからは日本代表候補や日本一になったり世界大会にまで出られるようになりました。

どちらも最高の仲間に助けられ共闘し、1人じゃ成し遂げられない素晴らしい瞬間を味あわせてもらってます。
本当に仲間がいないと無理!!
耐えられない!!
だから何かを成し遂げた時は最高です!!

もしも自分の様にバスケを1回辞めてからプロを目指すような人がいたり、似たような境遇の人がいるのなら、その人達の為にも自分が道標になれるよう頑張りたいと思います。

そして最後にそんな自分を拾ってくれた信州ブレイブウォリアーズとUTSUNOMIYA BREX.EXEには、これから自分の人生をかけて恩返ししていきたいと思っています。

そんなような記事と動画が上がってます。是非ご覧ください。
BIG感謝!!

YOSKの夢はぬまの夢 再び交差した2人の道|バスケ新時代の新感覚マガジン「hangtime(ハングタイム)」の公式ウェブ

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コメント1件

  • keiichi より:

    そろそろ、自伝のオファーが来る頃だと思います。
    高校の時に勉強しなかった事を公開するかもよ(笑)
    暑い夏にバスケするのも、観るのもシンドイだろうけど、
    「#TOKYO2020」「#3×3バスケットボール」
    期待してます!

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